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小鳥来る

小鳥来て何やら楽しもの忘れ 
    星野 立子

 小鳥は冬の楽しみの一つである。私の家の周辺にも、秋口から数種の小鳥が姿を見せる。梅もどきやピラカンサスの実が熟れるころになると、飛来する小鳥が増える。

 図鑑で調べると、ムクドリ、ハクセキレイ、コゲラ、クロツグミ。ヤマガラ、シジュウガラなどである。

 可愛いのは山雀で、白・黒・茶色の体に灰色の羽を備えた姿はダンディで、人懐こく、勝手口のすぐ側までやってくる。

 四十雀は白・黒・灰色で山雀より細身で、スマート。この鳥は群れで来てしばらく庭の木々で飛び交ったあといっせいに飛び去る。

 妻は毎朝、裏山に向かって、二階の窓から、「おっはよう」と声を張り上げる。すると小鳥が寄ってきて、目の前の合歓の木に止まり、ひとしきり囀る、という。私の言葉が分かるらしいと嬉しそうだ。

 正月10日のことである。妻が大声で呼ぶので、二階に上がってみると、隣接地に聳える西条柿の大樹におびただしい椋鳥が群れて、熟した実を貪っている。

 この木は毎年たくさんの実がなるが、持ち主のご家族は高齢の夫婦だけで、ご主人は車椅子での生活である。家から少し離れている上に、農業用の小道しかない。

随分前から、柿むしりには来られない。見事な実が放置されている。見かねて私がいくらか収穫して持って行ってあげるのだが、まだまだ夥しい実が残る。

 花の乏しい季節だから、よい鑑賞用庭木になる。夕陽を浴びて茜色に耀いているとき、雪をかぶって重く垂れ下がっているときなど一幅の絵である。

 それに薄黒い鳥が群がっている光景は壮観というよりは不気味ですらあった。

 一体に野生は食べごろを良く知っている。例年になくよく実がついたピラカンサや梅もどきの実などいつの間にかきれいになくなっている。あれだけ多く実っていた柿の実が一日で完全に無くなってしまった。

 庭木が大きくなって煩くなった。選別をして庭をすっきりさせたいと思うが、小鳥が来てくれる楽しみが相殺されるから、躊躇する。

 昨日から今冬一番の寒さである。小雪がちらつく中、皐の繁みを暗い萌黄色の小さな鳥が低く横切った。たぶん鶯である。立春の日に、「チ」と啼くという。春告鳥だ。冬の中にすでに春は息づいている。

 冒頭の句の意味を考える。小鳥を観ていると愉しいから、日常の些事を忘れる、という意味か。それとも、老齢で物忘れが激しくなっても、身近に自然の恵みがあれば、「ほうけ」もまた楽し、というのだろうか。後者を採りたい。

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コラムニストプロフィール

槙原 茂 (まきはら しげる)

元公立高校教員という経験を活かし、情緒、風情あるコラムを掲載します!

【 経歴・バックグラウンド 】

  • 1940年旧大原郡加茂町に生まれる。現在まで雲南市加茂町在住。
  • 1944年父戦死
  • 1963年島根県の公立高校教員に採用される。以後定年退職まで島根県内の 幾つかの高校で英語を教える。
  • 1995年10月から島根日々新聞でコラム『木漏れ日」、「プリズム」に拙文を寄せる。

【 家 族 】
母、妻、長男(東京在住)、長女(シドニー在住)

【 著 書 】
詩集: 『水脈』
エッセイ集: 『四季の賦』、『終着駅にて』

【 趣 味 】
山歩き、スキー、釣り、詩作

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